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| 静岡県には、古くからの歴史を持つ寺社・仏閣が各地に点在しており、私自身も、お寺や神社を見て回るのが結構 好きです。 特に宗教に関心があるわけではなくて、雰囲気が好きだからです。 静かな山あいにたたずむ社や、境内の静寂など心が落ち着く場所といえます。 ここでは、そんな寺社・仏閣をご紹介させていただきます。 |
| ・三嶋大社 |
| :祭られている神様 大山祇命(おおやまつみのみこと) 農業や林業の神様として主に農家の信仰があつい。 積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ) 一般的には恵比寿様。福を呼ぶ神様として、漁業、商業の神様として祭られる |
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| 三島市にある神社です。歴史は大変古く一説では2000年以上前に創建されたと伝えられています。 古くから上記二柱の神様をあわせて三嶋大明神と呼ばれて、富士火山帯の根元の神、伊豆の国魂の神 国土開発の神として厚い信仰を集めてきました。 特に中世以降、武士の信仰が厚く、伊豆に流された源頼朝が100日参詣し、源氏再興の旗揚げをしたことで 知られています。 境内は大変広く、樹齢1200年といわれる国の天然記念物に指定されているキンモクセイを始め、史跡、名石、名木 などのみどころが多数あります。 また松尾芭蕉の句碑、若山牧水の歌碑もあり文学に親しむこともできます。 |
| ・富士山本宮浅間大社 |
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:祭られている神様 浅間大神(あさまのおおかみ) 木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと) 火事・縁結び・安産・航海・漁業・農業の神様として 祭られる |
| 富士宮市にあるこの神社は全国に1300社以上ある浅間神社の総本宮です。 御神体は富士山そのもので富士山の八合目からうえはこの神社の境内です。 現在の社殿は富士山の噴火を鎮めるために、約1200年前に現在の場所に建てられました。 朝廷や武家からの信仰も厚く、本殿は重要文化財に指定されていて徳川家康によって建てられました。 江戸時代の頃から富士山への信仰のため、富士登山の人気が高まりました。 富士山にはいくつかの登山道がありますが、浅間大社にお参りして富士宮口から登山道を登るコースの人気が 高かったようです。 境内の東側には富士の雪解け水が湧き出る湧玉池があり、伏流水が湧き出ています。 昔はこの湧玉池の水で身体を清めてから富士登山をしたそうです。 広大な境内にはたくさんの桜が植えられていて、花見スポットとしても有名です。 木花之佐久夜毘売命の化身が桜の花と言われているため桜が植えられているそうです。 |
| ・静岡浅間神社 |
| :祭られている神様 大己貴命(おおなむちのみこと) 神部神社 一般には大国様と呼ばれ、天下泰平・縁結びの神様として祭られている。 木之花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと) 浅間神社 火事・縁結び・安産・航海・漁業・農業の神様として 祭られる。 大歳御祖命(おおとしみおやのみこと) 大歳御祖神社 農・漁・工・商業などの諸産業の神様として祭られている *以上の三社を総称して静岡浅間神社とされている。 |
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| この神社も長い歴史があり、平安時代の頃から駿河国の総社として栄えてきたそうです。 極彩色の壮麗な神殿は、国の重要文化財に指定されています。 幼少の頃に今川家の人質として駿府に送られた徳川家康は、14歳の時に、ここで元服式を行ったといわれています。 そのような縁があったため、家康のこの神社に対する信仰は厚く、徳川時代に入ると社殿も増改築が重ねられてより 立派なものになっていきました。 現在の社殿は1804年から60年もの歳月をかけて再建されたもので、浅間造りの代表的な建物として知られて います。 また、静岡市役所や静岡県庁も建つ市街地にあるため、近隣の住民の憩いの場としてもその役割を果たしています。 |
| ・久能山東照宮 |
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| 久能山は、西暦600年頃に久能忠仁という人が久能寺を建立したものがその始まりとされています。 その後幾多の歴史を経て武田信玄が、久能寺を今の静岡市清水区に移して代わりに山頂に久能城を建造しました。 しかし、武田氏の滅亡とともに徳川家がこの地を支配したため、家康の死後久能城は取り壊されて、現在の東照宮が建造されました。 これだけの立派な建物なのに、わずか1年7ヶ月の短期間で建造されたといわれているのは驚きです。 権現造、総漆塗、極彩色の社殿は、江戸初期の代表的建造物とされ、神廟、神庫、神楽殿、鼓楼、神厩、楼門等の 建造物は重要文化財に登録されています。 また境内全域も国の史跡に指定されています。 敷地内にある東照宮博物館には家康や徳川歴代将軍の遺品類(武具や刀剣類、書画、古文書など)約500点が 収蔵されていて、多くが重要文化財に指定されています。 中には当時としては大変貴重だったであろう時計やコンパス、眼鏡などもあり徳川家の隆盛を今に伝えています。 |
| ・小國神社 |
| :祭られている神様 大己貴命(おおなむちのみこと) 一般には大国様と呼ばれ、天下泰平・国造り・縁結びの神様として祭られている。 |
| この神社は静岡県の西部地区、森町にあり、遠州地区第一の神社として信仰を集めています。 参道には樹齢八百年を越す杉の木が並び、森の静寂に包まれた社殿が印象的です。 また、四季を通じて数々の花に彩られる神社でもあります。 春の桜、夏の花菖蒲、秋の紅葉、冬には梅と参拝客を楽しませます。 また、小国神社の「十二段舞楽」は、近隣の天宮神社、山名神社に伝わる舞楽とともに、森町三大舞楽と称されます。 小国神社の「十二段舞楽」は、西暦700年代から伝承されていて、天下泰平、氏子繁栄を祈願する舞楽とされて います。 この舞楽は毎年4月中旬の土、日に境内の舞楽殿で奉納され、国の重要無形民俗文化財に指定されています。 |
| ・秋葉山本宮秋葉神社 |
| :祭られている神様 火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおかみ) 火防の神様として祭られています。 |
| この神社は、浜松市の旧春野町にあり、全国に約400社あるといわれる秋葉神社の総本山とされています。 赤石山脈の最南端に位置する秋葉山を御神体としています。 社殿が建てられたのは、約1300年前と伝えられており、火防の神様として悪火を鎮め、火を司るとされています。 現在では、上社と下社に社殿が分けられています。 12月15日、16日には有名な「秋葉の火まつり」が行われます。 神楽殿での弓の舞、剣の舞と続きクライマックスの火の舞ではたいまつをもった神職が舞台上を所狭しとまわり 幻想的な雰囲気に包まれます。 また、古くより秋葉山への参拝客は多く、秋葉山へ通じる街道は秋葉道とか秋葉路と呼ばれていました。 遠州地区には秋葉道に沿って夜間でもその参拝客の道しるべとなるように建てられた常夜燈が各地に点在しており その数は400基を超えるそうです。 現在でも地域住民によって大切に守られている常夜燈を巡ってみるのもおもしろそうですね。 |
| ・法多山尊永寺 |
| :ご本尊…観世音菩薩 :祈願…厄除け、家内安全、交通安全など |
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| このお寺は、高野山真言宗に属しており厄除観音として知られていて、県西部の袋井市にあります。 聖武天皇の勅命を受けた行基上人が、自ら彫った観世音菩薩を安置したのが始まりといわれています。 その後今川、豊臣、徳川家の信仰を得て、明治維新の時に尊永寺という名前になって現在に至っています。 このお寺が有名なのは、名物の厄除け団子によるところが大きいでしょう。 地元民には「法多山の団子」として親しまれています。 もちもちとした食感の団子が、串に刺されて細長く5個つながっていて、甘みをおさえたこしあんがのせられています。 私はあまり甘いものが得意ではありませんが、この団子は好きです。あっさりしているからかなあ。 また、桜の名所としても有名で桜の季節には多くの花見客で賑わいます。同時期にはミヤマツツジも楽しめるので 一石二鳥です。 このお寺のお正月行事として行われる「法多山の田遊び」は県の無形民俗文化財に指定されている芸能の一種です。 田遊びというのは静岡、愛知両県に伝承されている五穀豊穣などを祈って行われる舞です。 |
| ・油山寺 |
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:ご本尊…薬師如来 :祈願…目の病、足の病など |
| このお寺は、医王山薬王院油山寺(いおうざんやくおういんゆさんじ)と称せられ、県西部の袋井市にあります。 今から約1300年前に行基上人が無病息災を願って、薬師如来を安置したのが始まりといわれています。 特に目の仏様ということで多くの目を患った人たちが参拝に訪れます。 由来は昔、孝謙天皇が目の病になってこのお寺に祈願して滝の水で目を洗ったところ病が全快したことから きています。 私はあまり信心深くないので、こういったことは信じませんが、昨年「緑内障」という病気になったのでちょっと お願いしにいってみようかなと思っています。 緑内障は現在の医学では治すことができず、病気の進行を抑えることしかできないからです。 お医者さんからは精神的にストレスを感じたりすると余計進行しやすいと言われているので、こういった神頼みを することで多少なりとも精神的に安定するかもしれないですしね。 まあ、今まで神様とか仏様にきちんとお祈りしたこともないし、そんなもんいねえよと思っていたので、あまりご加護は 期待できないかな。 |
| ・可睡斎 |
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| 可睡斎は、室町時代初期に恕仲(じょうちゅう)禅師によって開かれた曹洞宗のお寺です。 もとは東陽軒という名前のお寺でしたが、戦国時代に住職が幼少の徳川家康を戦から救ったことがあり、後に家康が 浜松城主になった時、その時の恩を返そうとお寺を訪れました。 しかし、和尚は年を取っていたので家康の目の前で居眠りをしてしまったのです。 本来なら大変無礼なことですが、家康は、親しみをこめて和尚に「睡る可し」(私の前で眠っても良い)という意味で 「可睡和尚」という愛称を与えました。 この一件によって、お寺の名前も東陽軒から可睡斎に改められたそうです。 また、花の寺としても有名で、敷地内にあるぼたん園では4月中旬〜下旬にかけて約150種5000株のぼたんが 咲き誇ります。 隣接する「可睡ゆりの園」では、4月下旬から6月末にかけて、約150余品種200万球のゆりが一面に開花します。 広い敷地にゆりが咲き誇る様はまさに別世界です。 |
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